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◆ イ・ギョル「11年ぶりに2回目のデビュー、ときめきの次元が違う」

再び歌手としてステージに立つまで11年かかった。イ・ギョルは2004年にグループソユ(so-u)としてデビューしたが、周辺の状況によってすぐに夢をあきらめ、スターのボーカルトレーナーとして生活した。そして2年前に声帯の死亡宣告を受け、全てが終わりだと思った。まさにその時、延ばしてきた歌手の夢がさらに切実なものとなった。

イ・ギョルは11月に初のソロデジタルシングルアルバム『手だけ握って寝るよ』を発表した。よくあるR&B曲だが、最小限の楽器だけを使用し、その楽器特有のビンテージ感を最大限活かした。古びた写真のような感じが漂うアーバンスタイルの曲で、イ・ギョル独特の声が調和をなした。特にこの曲はsg WANNA BE+、SISTARなどのボーカルトレーニングをしていた彼が、ソロ歌手イ・ギョルとして新しい挑戦に乗り出す事を知らせる曲で、意味がある。

「ソユとしてデビューする時とはときめきの次元が違います。その時も紆余曲折が多かったんですが、今はその時の感じとはすごく違います。すごくやりたかった音楽をまたするわけで、ミキシングまで全ての作業を一人で全部してみたかったんですが、そうやって作り出した結果物です。若い時は自分が一番上手いと思うほど無分別な血気があったが、今は自分が出来ることは他にあると感じ、そんな部分を聴かせられるだけにはなったと思います」

イ・ギョルは歌謡界で指折り数えられるほど実力のあるボーカルトレーナーで、歌唱力においては疑う余地がない。中でも特に自信のあるものを挙げれば、テクニックよりは表現にもっと重点を置き、歌詞によってトーンを多様にする。全く違う2つの声を持っているのも独特だ。

イ・ギョルは今後オンエアーという名前でも活動する予定だが、これは全く違う声で完全に違う感性を込めるためだ。2つの声を出すようになった事情はこうだ。彼はボーカルトレーニングを長くしている間に、のどをすごく傷めてしまった。そのうちに状態が悪くなり2年前病院に行ったが、声帯にこぶが出来ていて今後望む声で歌うことは難しいだろうと伝えられた。その時から痛めた声で歌を歌うようになった。


「歌を歌う人にとっては死亡宣告も同然でしたよ。生計維持手段でもあり生命なのに、怖くなりました。どんなことをしても声を取り戻そうと思いました。痛めた声でずっと歌の練習をしていたら、声が2つになりました。一緒に混ざらない2つの声にです。イ・ギョルという名前では再び回復した声で歌を歌い、痛めた声ではオンエアーという名前でアルバムを出す計画です。声も曲の感性も全く違います」

イ・ギョルでは相対的に明るく、オンエアーでは泣き叫ぶような感じだ。イ・ギョルは男性が女性によくつく嘘を『手だけ握って寝るよ』を皮切りに3部作として披露し、オンエアーではさらに濃厚で哀切な感情を込めた曲を発表する予定。本人の表現によるとオンエアーのボーカルは“汚い”そうだ。

基本的に彼が好きな音楽の好みは、ソウルR&Bだ。彼を音楽にハマらせたのはマイケル・ジャクソンのアルバム。記憶していない内に両親と離れ他人の家で生活をしていた彼は、ある日隣の家から聞こえてきた歌の声がとても良くて、自分も知らずに門を開けて入りテープを聞いて出たのだが、それが1991年に出た『デンジャラス』だった。その音楽で大変な時期を乗り越えた。テープは伸びてCDは壊れ、15回以上買い直した。

同じぐらいたくさん買ったアルバムがもう一つあるのだが、それはSolidの2ndアルバムだった。どのくらい好きだったかというと、中学時代やみくもにチョン・ジェユンに自分が歌手をしなければならない理由を書いた長文のメールを送り、当時米国に滞在していたチョン・ジェユンは返事を送って自分のマネージャーの番号を教えた。イ・ギョルはカラオケボックスでオーディションを受け、次の日から練習しに来いと言われた。いろんな事が生じて行けなくなったが、それぐらいSolidの音楽が好きだった。

曲の作業まで直接するイ・ギョルは、歌唱力を誇るための曲よりは自分の感性をそのまま込める曲を発表する考えだ。「ボーカルトレーナーだから歌唱力をものすごく見せるだろうと思われている方々は、たぶん『手だけ握って寝るよ』を聴いたら失望されるかもしれません。声を張り上げる部分もありませんから。でも僕はそうしたかったんです。カラーのある音楽をしたかったんです。オンエアーとして出す音楽は、たぶんもっとマニア的だと思います。そして僕が追求しているものは、質の良い音楽長者な感じよりは空腹で少し足りないけど情が湧いて聴きたい音楽なんです」