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「ビルボード1位」の韓国歌手ミンク、ベールを脱ぐ

韓国出身で昨年アメリカのビルボードチャートに入って話題になった歌手ミンクが、韓国取材陣との取材に初めて応じてそのベールを脱いだ。11月 30日午後 6時30分、日本東京澁谷 C.C.レモンホールで開かれた「韓日ポップフェスティバル 2007」の舞台に立った直後、控室でインタビューに応じた。昨年韓国人だということが明らかになり、韓国言論と書面インタビューをした事はあったが、対面したのは初めてだ。彼女は「3年前日本へ来た後、韓国に一度も行くことができなかった、母の他に韓国の方たちと話す機会がなかったが、お会いできて嬉しい」と歓迎した。2005年に日本で最大のアルバム流通会社兼芸能企画社であるエイベックスからデビューした後、昨年4月『グローリーオブライフ』でビルボードチャート「ホットダンスクラブプレイ」部門 1位に輝いたミンクは、思いのほか気さくな飾らない姿でインタビューに応じてくれた。放送出演もほとんどせずに、所属社を通じて許可された写真何枚かが公開されただけで、ベールに包まれていたスターミンクは、先入観と異なって率直でまじめに取材陣の質問に答えてくれた。初々しい無公害の声を持ったスターらしかった。この日韓国のSS501、パラン、フィソンと、日本の伝説的ロックバンドルナCのリーダーだった河村隆一などと公演をしたミンクは、「TV酔いするので、TVはあまり見ないので韓国の歌手はよく知らなかったが、今日は本当にすごかった」とほめた。

-ほとんど知られていない、正確な自身のプロフィールを明らかにすると。
▶1984年仁川で生まれた。本名はイ・ミンク。一人っ子です。母がもともと日本で仕事をしていて、祖母が育てて下さった。母が一緒に住みたいと言うので、仁川女子中 1年の時日本に来て、高校 1年生の時また韓国へ行って、検定考試で高校過程を終えた。当然韓国国籍を持っている。

-日本でデビューするようになったきっかけは。
▶15歳の時から韓国の企画社など(スターネットアジアなど)に属したが、デビューはできなかった。月尾島に遊びに行ってキャスティングマネージャーにキャスティングされた。日本に行って来たので、ピンクの網ストッキングをはいたファッションに、短くて真っ黄色に染めたヘアスタイルをしていたので目立ったようだ。(笑い) 後姿だけのジーパンのモデルをしたりしたが身長が157僂半さいので、モデルの仕事を続けることはできなかったので歌手としてのデビューを準備するようになった。そうこうするうちにポータルサイトDaumにMKLeeというカフェーを開設して歌を公開したが、2〜3万人の会員ができるほど話題になった。それを土台にして日本の企画社に進出した。デビュー曲が2005年日本のテレビで放送されたドラマ『おまじない』(『笑う三姉妹』)のOSTだったが、有名な作詞家が久しぶりに歌詞を書いた曲だったので日本で名声を得始めた。その年の 8月に、外国歌手と日本歌手の歌12曲を盛り込んだプロローグアルバム(デビューアルバム)を出してシングルを売り出した。最初のアルバムは今年出た。日本大作アニメーション『ベクシル』と映画『蒼き狼』、『イニシャルD』などのOSTを歌った。
神秘主義コンセプトを維持する理由

-神秘主義コンセプトを維持する理由があるか。
▶そんなコンセプトを意識したことではないが、単純に私を知らないだけではないか。韓国企画社にいた15歳の時のスタッフに怒られて悲しくて走って飛び出す途中、自動ドアが目に入らずぶつかって鼻が折れた。それがそのまま固まって顔にコンプレックスがあるので、露出を避けただけだ。私の会社の芸能人たちはTV出演をよくするが、私は最初の契約条件でTV出演をしないで、写真を撮らないことを要請した。顔にコンプレックスもあるし、歌を歌いながら表情の演技まで一緒にするということは、想像もできなかったからだ。恥ずかしいがTV 出演を、絶対しないということではない。『蒼き狼』のOST広報のために、今年初めて2〜3回出演したりした。来年 2月ミニアルバムが出るが、その時はちょっと出演をしようと思う。

-韓国人だということを、一歩遅れて明らかにした理由は。
▶企画会社が韓国人だということを明らかにするのを嫌って隠すことになった。私が楽になりたくて韓国人だと公開した。その後は話すことが楽になった。ラジオなどに出演しながら出身地を尋ねられれば、神戸で学校に通ったので神戸と言っていた。今は韓国出身ということを話すことができて気が楽だ。

-自身の主舞台はどこか。自身の音楽的特性を紹介するならば。
▶今日の公演のようなイベントやライブ舞台を主にする。昨年夏、ここで単独コンサートを開いたこともある。私の音楽のジャンルは、抓っても上手にできるものではないようだ。(笑い)今までボイストレーニングやレッスンを、一度も受けたことがない。正式なオーディションも一度も受けたことがない。エイベックスの社長が、カラオケで歌を一度歌ってみろと言ったその翌日契約をした。仁川の山の後ろの村、青鶴洞で生まれた。山しかない所でTVも町中に一台しかない環境だが、音に敏感だったのが音楽性に役に立ったようだ。幼い時も雨が降る音を聞きながら、土の上に五線紙を描いて石を持って遊んだ。

-ビルボード進出は、どのようにしてすることになったのか。
▶企画会社が米国でアルバムを発売したようだが、ビルボードでトロフィーをくれると言うので、デビューしてまもない頃だったので本当にびっくりした。DJたちがクラブでたくさんかける歌の順位で、1位になったと理解している。その後米国のフェスティバルに一度招請されて行った。3ヶ国語を自由自在に話すという報道があったのに、英語がそんなに上手ではない。

-韓国歌手ボア、東方新起のようにエイベックスの所属だが、彼らと会ったことはあるか。
▶エイベックスの歌手が皆出席するパーティーや、二次会で会えば話をたくさんする。韓国俳優コ・アラ氏が出演した、映画『蒼き狼』の主題歌を歌って嵐とも親しく過ごした。韓国歌手の中ではチャン・ヘジン氏が好きだ。TV酔いのためにTVをよく見ないので、韓流に対してよく分からなかったが、新宿のような繁華街に行けば韓国芸能人たちの写真が並んでいて実感している。今日の観客の反応も本当にすごかった。

-韓国進出計画は。
▶まだ韓国人として日本で積み上げたものがない。もっとがんばって認められた後、満たされた気持ちで韓国舞台に立ちたい。