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映画『秘密はない』には、奥深くに秘密が隠れている。 
映画『秘密はない』は、2008年の映画『ミス・にんじん』でデビューしたイ・ギョンミ監督の2つ目の作品。

また、俳優ソン・イェジンとキム・ジュヒョクが『妻が結婚した』の後、再び夫婦役で共演することで話題となったこの作品は、色々と観客の興味を引くには十分だった。

しかし、映画『秘密はない』は興行面で失敗し、批評が賛否に大きく分かれた問題作になった。 何故このような結果になったのだろうか。

映画『秘密はない』は、最初から「おかしいこと」を意図していた。 本来映画のジャンルは、類似した内容と情緒のある様式を指すが、この作品はこのようなジャンルの文法を最大限ねじって、その枠から抜け出すよう苦心する。 だから、一般観客の立場では当惑してしまう。  

コメディは観客を笑わせなければならず、アクションは登場人物の物理的な動作やぶつかり合いで快感を伝えなければならない。 これは、ジャンル映画と観客の間の暗黙の了解だ。

だが『秘密はない』は、この了解を守らなかった。 いや、最初から了解など無いと見るのが正しい。 映画は、“政治スリラー”、“失踪スリラー”のように広報されたが、これらのジャンルの文法に従ってはいない。 ジャンル変奏、或いはジャンル破壊なのだ。 一種のブラックコメディと言える。

事実、映画『秘密はない』では、女優ソン・イェジンの他には何も見えない。 そして進行が冷酷だ。 ある意味では当然のこと。 娘の失踪と死を追跡する母親の目で、疎外された地域出身の孤立した立場で、悲しく身もだえして真実に近づくほど現実は凄惨になる。

監督は、この映画で韓国社会の恥部を圧縮して見せ、真実を残忍に現実として受け入れることを観客に強要した。 韓国社会の長年の政治的、社会的かすである地域感情や家長的男性優越主義、そして偽善で包まれた既得権層の実際の姿をずたずたに引き裂くために作った映画だからだ。

イ・ギョンミ監督は、この映画を通して新しい実験をするように見える。 監督の色を受け入れた観客は、親指を立てて称賛するだろうが、受け入れられない観客は、彼女の独創性を毒と罵倒した。 興行成績だけを見れば、後者の立場の観客のほうがずっと多いようだ。

即ちこれが、この映画を必ず観なければならない理由だ。 そうすれば、韓国社会の素顔を見ることができる。

監督:イ・ギョンミ
主演:ソン・イェジン、キム・ジュヒョク、キム・ソヒ、チェ・ユファ、シン・ジフン、キム・ミンジェ、パク・ジヌ
製作:映画社コミ、フィルムトレイン
配給:CJエンターテインメント

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