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     パク・チュンフン(Park JoongHoon. 박중훈)     



[プロフィール]
生年月日:1966年3月2日
身長:178cm
体重:68kg
血液型:B型
最終学歴:ニューヨーク大学大学院演技教育学
趣味:入浴、ラケットボール
デビュー作:1986年<カムボ>

[映画]
2011年 『逮捕王』
2009年 『海雲台』
2006年 『強敵』、『ラジオスター』
2005年 『強敵天軍』『天軍』
2004年 『トゥーガイズ』
2003年 『黄山伐』
2002年 『チャーリーの真実』
2001年 『不朽の名作』
1999年 『情け容赦無し』
1997年 『ハレルヤ』、『懸賞手配』、『まじめに生きろ』、『アメリカンドラゴン』、『チェンジ』
1996年 『極道修行』、『トゥ・カップス2』
1995年 『金を持って高飛びしろ』、『尻尾を振る男』
1994年 『ゲームの法則』、『女房殺し』
1993年 『トゥ・カップス』
1990年 『ウムクペミの愛(でこぼこ畑の愛)』、『私の愛』、『私の花嫁』
1989年 『バイオマン』
1988年 『チョルスとマンス』
1987年 『ミミとチョルスの青春スケッチ』
1986年 『カムボ』


映画に対する熱情までも愛する俳優
映画「カムボ」でデビューし「チルスとマンス」「彼らも我らのように」といった映画で個性のある演技を見せた彼は、「私の愛 私の花嫁」「トゥ・カップス」で充実した演技を繰り広げ人気絶頂に至った。

中学校の頃から美術を勉強したが、もしずっと続けていたらその分野で活躍していただろうといい、左利きの彼の絵は他の人とは全く違い、明るくなければならない部分は暗く、暗くなければならない部分は明るくしたと言う。それで自分の絵は他の人と違たため、真剣に悩んだが、この頃先生から「左手で何の絵を描くのか」と言われ大変ショックを受けて絵を描くのを中断した。

そんな彼が本格的に俳優になりたいと思ったのは、85年の大学に通う頃だった。俳優になりたいがどうすれば良いか分からず、もしかしたら監督の目について通行人にでもキャスティングされないだろうかと、忠武路をうろついたことも多かったと言う。しかし後で分かったことだが、彼が歩き回ったのは忠武路ではなく忠武路の向かいの通りだったと…

パク・チュンフンは俳優になるためKBSタレントの公採試験を受けたり、その頃KBS「若さの行進」で募集するギター歌手にも当たったりしてみた。そして、映画の基礎から学ぶ考えで合同映画社に入り、制作部の下っ端として掃除や買出しを引き受けた。そんな中でも、虎視眈々と俳優としての道を模索した。その当時の彼は俳優としての外貌ではなかった。

しかし絶え間ない努力がチャンスを作った。彼のデビュー作映画「カムボ」で、人々の好感を受けることに成功した。彼は男優が貴重な時代に生まれたので俳優として名前を売ることができたと考える。しかし彼を知る人達はパク・チュンフンの成功には「努力の代価」と口をそろえて言う。彼の絶え間ない努力がなかったら今まで膾炙される俳優として残ることはできなかっただろう。

パク・チュンフンは、映画製作にも参加した。チャ・テヒョンと共に出演した映画「トゥ・ガイズ」で、主人公を兼ねて制作した。金儲けよりもまだやった事のない領域を経験したくて参加することにしたと言う。だから少し横道にそれただけで本格的な製作者に変身することは絶対にないという。

パク・チュンフンは、韓国内で活動する俳優の中で非常に珍しい履歴を誇る。彼の最も珍しい履歴は、留学しながら始まった。彼は最も人気が出た頃、留学を決心した。マンネリズムに陥らないためだった。夏の蒸し風呂のような地下鉄に乗り、悪臭に耐えながらも彼は未来の夢を見た。「流れる水の中では自分を見つめることはできない」と言う信念で、彼の留学生活は無事に結実を結んだ。

留学を終えて映画界に戻って来たパク・チュンフンは、一段と成長した演技を披露した。空白期間を気にしていた彼の杞憂は、続く映画の成功がきれいに洗い流してくれた。このようにして彼は、容易く忘れ去られてしまう芸能界の慣例を覆した。さらに堅実な演技の勉強を終えて、韓国コメディー映画界の大御所に昇格し、多くのコメディー映画に出演して観客に笑いを届けた。2000年に入ってからの彼の活躍はさらに目覚しいものだった。韓国俳優としては初めて、ハリウッドメジャー映画『チャーリーの真実』にキャスティングされ、大きな話題を呼んだ。(『チャーリーの真実』は『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミー、『惑星脱出』のマーク・ウォルバーグと、『ミッションインポッシブル2』のヒロインだったサンディー・ニュートン、ティム・ロビンスが出演したハリウッド映画である)そして2003年映画『黄山平野』では百済のゲベク将軍に扮して、悲壮感を漂わせ、味のある方言で興行と評団から好評を得て最高の俳優であることを再認識させた。映画『天軍』では、誰も想像できなかった李舜臣から徐々に英雄の面貌を現していく李舜臣まで…劇中での心理変化を見事に描写した。

1986年に映画『カンボ』でデビューしたパク・チュンフンは、偶然にも刑事役をよく演じる。93年『トゥ・コップス』をはじめ、96年『トゥ・コップス2』、98年『アメリカンドラゴン』、99年『NOWHERE 情け容赦無し』、2006年『強敵』まで5回にのぼる。しかしいかなる刑事役も同じではない。たゆまず変身を試みる努力と、作品とキャラクター選定に対する“目”が卓越しているからである。

「映画みたいな話だが、後で機会があれば自分の子供達と共に私が出演した映画を見ながら死を迎えたいです。そうしたら人々は『パク・チュンフン、映画と共に眠る』と語るでしょう。そんな夢を見ます。」死ぬ瞬間にも映画と共にありたいという彼の情熱が伺える。
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