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映画『再審』と韓国社会の現実
17年前、韓国を揺さぶるタクシー運転手殺人事件が発生した。
当時、唯一の目撃者だった10代の少年ヒョヌ(カン・ハヌル)は、警察の高圧的な捜査で濡れ衣を着て、刑務所で10年過ごすことになる。
弁護士のジュニョン(チョンウ)は、巨大なローファーム代表に気に入られようと、無料弁論奉仕をしている途中でヒョヌの事件を知り、名声を得る良い機会だと本能的に直感する。  しかし、ヒョヌと面会したジュニョンは、正義感で胸が熱くなる自分を再発見する。
映画『再審』は、2000年の“益山薬村五叉路事件”という実際にあった事件を映画化したもの。
勝利の可能性がほとんど無い事件での逆転勝ちを通して、“人間らしい生き方の条件”を表現する。
映画『再審』は、韓国の観客に真心こめたメッセージを伝え、2月の劇場街にセンセーションを巻き起こして独走ヒット中。
証人たちの証言と警察の捜査、ひいては犯人の自白にもかかわらず司法部の破廉恥な判決で、純粋な1人の少年の人生が奈落の底に突き落とされた。
もちろん、ジュニョンがヒョヌと手を取り合う過程は順調ではない。 しかし理性、いや常識的に理解できない事件の犠牲者になったヒョヌを通してジュニョンは変わっていく。 
従って、映画『再審』は、社会告発とヒューマニティーを兼ね備えたフィクションとは言えない。
映画『再審』は、金、名誉、権力の無い相対的な弱者らは、無辜の犠牲者になってしまう非常識的な社会、ヒョヌが面した状況が、我々には関係ないこととは言えない。 自分も知らないうちに加害者になってしまったら、果たして受け入れることができるのだろうか?

この映画は、娯楽性よりは告発性の強い作品で、反省を要する人々への警告だ。
ヒョヌ(カン・ハヌル)の母親役を演じる女優キム・へスクの熱演は、映画を生かす強烈な動力。 一人息子のために最善を尽くす演技は、この時代の母親像を象徴している。 
映画『再審』が上映されている今の韓国社会は、重大な岐路に直面している。 現職大統領と大統領の権力を利用する人々の国政壟断と不正腐敗をやはり権力で隠すのは、民衆の力で“現職大統領弾劾審判”という歴史を作っていく。
映画『再審』は、多くの人が知っていたように純潔さの勝利を見せてくれる。 観客は皆、心を合わせて“正義”が実現されることを切実に願う。 この映画を観ようと、人々が映画館にやって来る理由だ。
清廉潔白が勝つに決まっている。 

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