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     パク・カーリン(박칼린)     
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名前:パク・カーリン
職業:音楽監督、教授
出生:1967年5月1日
所属:キックミュージカルスタジオ(芸術監督)、湖原大学(主任教授)

[映画]
1999年 『遠足』
1994年 『2001イマジン』

[アルバム]
2010年 『I Believe』

[図書]
2010年 「そのまま」

[ミュージカル]
2010年 『tick tick…BOOM!』、『アイーダ』
2008年 『シカゴ』
2006年 『サウンド・オブ・ミュージック』、『アイーダ』
2004年 『美女と野獣』、『レント』、『ノートルダムのせむし男』
2002年 『オペラ座の怪人』
2001年 『真夏の夜の夢』
1999年 『フェーム』
1996年 『明成皇后』

[演劇]
1996年 『ゴスペル』
1994年 『スターになるんだ』
1991年 『女の選択』
1990年 『火の仮面』
1988年 『マクベス』

2010年大韓民国で最も大きな関心を受けているパク・カーリンは、大韓民国の芸術監督だ。韓国人の父パク・クンシル氏とリトアニア系米国人の母アイレン・パクの三番目の娘として生まれた。パク・カーリンは三才の時から小学校3学年まで、9年間釜山に住んだ。韓国舞踊を習っていた一番上の姉キンバリー、ケナリ合唱団員だった二番目の姉ケリー、声楽を専攻していた母アイレンの下でチェロとピアノを習った。母について米国で勉強したカーリンは、1983年に帰国して慶南女子高1年に編入した。勉強には興味がなかったが、芸術方面には関心が高かった。演劇部などの特別活動をする楽しみで学校に通い、初めて舞台にも立った。このとき音楽を担当した「大王は死なない」という作品で、高校競演大会で大統領賞を受賞し、大笒とカヤグムも習った。しかし高校生活1年でまた米国に戻った。チェロが専攻だった彼女に、ジュリーアドやカーティスを薦める人もいたが、3年後に彼女はカリフォルニア芸術大学に志願した。入学試験でパク・カーリンは鳥打令を歌った。4年間の留学後に突然帰国して、1991年ソウル大学大学院国楽作曲科に入学した。

2010年現在、「魔女」というニックネームで呼ばれながら、特有のソフトなカリスマで団員を一つにまとめる彼女は、1本のテレビ番組で突然有名になったシンデレラではない。彼女は20年余り韓国ミュージカルを開拓して守ってきた最高の音楽監督だ。好奇心と冒険心が多かった彼女は、人生というものは旅の連続だと考えて、存在しない新しいものを探すことに挑戦し、そしてそれを楽しむ情熱で生きている。現在パク・カーリンは音楽監督はもちろん、演出家としてまた違う挑戦をしている。
[写真=NEWSIS]
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