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【ソウル史跡旅】端宗ゆかりの地を巡る 〜その∋猩賛檀澄|翳圈

さて、前回に引き続き死六臣廟 中編をお送りしたいとおもいます!はじめこの場所にこようと決めて、調べていたとき、中は御廟があって記念碑がある程度なのかな…と想像していたのですが、いざ現地について地図をみてみたらしっかりとした死六臣公園という敷地の中にお墓もそれぞれに配置されていて博物館や憩いの場などもあり、意外なほど見応えのある場所という印象を持ちました。

入口を入るとまず正面に見えるのが「義節嗣」という舎堂。

政争により廃位された盧山君(端宗)を復位しようと動いたが、結局クーデターに失敗した忠臣たちの位牌がここに安置されているはずなのですが……。

義節嗣の中に入ってみると、たしかに位牌が…1・2・3……6…アレ、7???もう一度数えてみても、やっぱり7基ある。死六臣なのに、なんで7つ〜!?

なんでも死六臣は成三問(ソン・サムムン)、朴彭年(パク・ペンニョン)、河緯地(ハ・イジ)、李塏(イ・ゲ)、兪応孚(ユ・オヌ)、柳誠源(ユ・シウォン)の六人とされていたけれども、後日工曹判書に任ぜられた金文起(キム・ムンキ)が「7番目の死六臣」として数えられるようになったとか。
6基でも7基でも忠臣に違いありません、並んだご位牌に向かって手を合わせました。
お線香も7本(やりすぎか?)立て、祈っているうちに心にこんな言葉が浮かびました。
(大変な、大変な時代に信念を貫かれたのですね。どんなお気持だったでしょう……。
きっと、きっとあなた様方が生きた時代とそのできごとを現代にも伝えます……!)


正面の義節嗣に対して左手にはやはり死六臣を祭った神道碑閣と神道碑がある。

これは粛宗の時代に歴史が見直され、死六臣の名誉が政治的に回復されたのを受けて、正祖(イ・サンですね〜)が建てさせたもの。

死六臣はこれで報われたのかな……。

歴史というものは、常に為政者のものであり、生き残った強いものが書きつづり弱いものは真実を残すことを許されません。こうして名誉を回復されたことも当時の政治勢力の分布図がそちらに傾いたからでしょう。
死六臣の名誉が回復されたされたことはめでたいことですが、その裏で、歴史上にはまた別の勢力により汚辱を晴らすことができぬまま今日にいたっている人々がいるのですよね。

考えてみたら、韓流時代劇でよくとりあげられる時代は、必ず政争の前後です。時代に動きがあったからこそ、もちろんドラマにしやすいのですが、なんだかこうして実際に史跡(特に位牌やお墓)を訪れてみると、その現実の重みを感じずにはいられませんでした。

さて、死六臣廟レポート次がラストになります! 実際のお墓と、敷地内にあった端宗忠臣歴史館についてお送りする予定…これがなんとも意外な結末に〜!
請う、ご期待デス!
2011(c)たかぎりょうこ

---プロフィール---
たかぎりょうこ・コミックエッセイスト

『風の絵師』を観て以来、一気に韓流時代劇にハマる。
韓国語の勉強はもっぱら時代劇ドラマから…それゆえ
奇妙な言葉を現地で発して大笑いされてしまうことも…!

本家のホームページでは韓国ネタのほかにも日々の隙間に落ちた
オモシロ発見をつづるイラストエッセイを更新中。
コメントお待ちしています!!

たかぎりょうこ.COM : http://www.takagiryoko.com/

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投稿者:chakisan  投稿日:2012-03-15 15:45:40  [修正]  [削除]
まさに今見ているドラマ「王女の男」の話ですね。感激!
今度訪韓したらたずねてみたいです。
     

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